ルビー・ウーマン《ジーニアース編》〔228〕ようちゃんは小学校五年の末頃には気が付いていたのです。世の中を良くすることが出来るのは政治家のようで違う。しっかり庶民の心を投影出来たり表現出来たりする人々。そういった分野は文学のようで、もっと違う土俵を探していた最中。まだ、小5では次のような項目が満たされていただけで、他に突出するものはありません。好きなことに夢中になれることは素晴らしいことだけど、どれだけ世の為になる?そこまで踏み込んで行ける人物にはかなりのノルマが与えられている?それとも勘?ようちゃんは後者だと勢い付きます。なぜなら知識のある人々はうず高く積まれている訳で、そういった世の備蓄にもそろそろ気が付き始めていて、次挙がっていたのは宿命がどの家にもあるということ、それは経済に象徴されていました。まだ、すき焼きさえ、食べたことのない子供もあれば、週に一回焼肉を食べている家庭もあって、自分の家は中間の少し下の層にあったというステージです。例えばエイミーの家にある自家用車もクッキーを焼く機器もようちゃんの家には無かったこと、この差異は生活実態を見える化していて、月に一回彼女の家にお呼ばれして、色々な形にアレンジしたクッキーを、オーブンで焼くことが楽しみで、当時にしてはぶっ飛びだったのです。