イエローダイヤ・マン《標榜編》〔107〕俺はタンジョ~という言葉が振動するたびに震撼するし、一体何が起こるのか?実際に怖くなる。まだ、社から何も報告や開示されてはいない段階だが、俺のいる会社のCMでもこれからは暫くタンジョ~が使用されることとなり、み・ん・な知らない。その本当の理由を専務さえも知らない。それなのにタンジョーなのが俺をもドキドキさせていて知りたい気持ちがバイマシになってくるが、一方知らないでもいいじゃないのか?という気持ちも若干にしてある。なぜなら俺たちの仕事は語彙訳で語釈、解読の段階でいえば誕生の意味はひとつだ。生まれること、新しいモノ、新しい決まり・・・・しかしこのタンジョーはーではなく~なのだ。そこが俺の恐れをバイマシにしてしまうのだ。しかし新CMにこれを付けるということは、わが社はすでに情報把握には達しているということで安心は出来る。何も知らないことが最も恥ずかしいからだ。俺たちの上層部は五分の三が海外だ。そこがなんとも危うくて俺はそこで先頭に行けないもどかしさの醍醐味と対峙せざるをえない。もちろんニッポン支社の最高幹部でさえ、事の真相は知らない模様だ。GHQの時代じゃああるまいし・・・とも思うが俺はそういうこともなきにしもあらず・・・と襟を正すのだ。