ルビー・ウーマン《ロイヤル・ボックス編》〔132〕トラックの運転手Sさんを思いつつ作曲したピアノ曲は母のこころを潤したのか、もう一回あの曲を聴きたいって久しぶりに家に帰ったキャロルに申し込んできます。そういうときにキャロルは最も嬉しいんです。もしも母がシャカリキになって奮闘して幼い自分に音符を教えていなければ身に付いてはいなかった分野だけにあくまでも母の望みをかなえてあげないと・・・とそう思って弾きはじめます。母にもそれが失恋の歌であることはわかるのでしょう。それは母の失恋さえも思いがけず引き出して、あやうくキャロルに全部吐露しそうになります。しかし脇田大佐を封印していたほどの母です。自分の失恋をそう易々とキャロに話すほど無防備ではありません。キャロルはまさお君と出会う前にこの素晴らしい男性に失恋し、自暴自棄になっていたという本当の事実を隠しようがありません。この楽曲の存在です。あなたのことを忘れてしまいそうなこの夏の暑さの中で目覚めた・・・むかしクーラーなんかは部屋にはないんですよ、そして扇風機さえひとり一台与えられてない、失恋の痛手の中だからこそ、作り手のこころは決着する。形にすることが自分の仕事、自分の失恋をみんなにストレートに伝えるということです。母はやがて安堵した表情を見せます。この国でキャロルが爪はじきにされるなど全く想像もしていません。そうする要因もないでしょう。落ちこぼれとはいえ、キャロルは物怖じもせず正々堂々と生きていたからです。