いじめに負けない人生論、ここではいじめにどう立ち向かうか?ということより先、今朝は、いじめる側ってのの総合的位置について述べとこう。キャロルはいじめっていうのが、口が達者な人間が起こすのでは?とそう思ったことがあるんだ。いじめを自分がやってたからなんだ。親が早期教育で早く言葉を飲み込ませた。それで、言葉の中々遅い連中にはホラ!こうでしょ!!って自分が先に解決したり補佐したりを知らず知らずやってたんだろう。他の親からすれば、迷惑千万。それぞれ子供には言葉取得の過程に速度があるからなんだ。キャロルは両親がカギを持たせて、自分をおいてきぼりにして教育現場で働いてた。その頃、寂しくてたまらなかったんだ。人生で寂しいことこそが、最悪であると幼児のこころで解読してたんだ。しかし口が闊達なことで、自分の環境を奪取出来た。思っていることを要約する力が付いてたんだ。あの事件を起こし、加害者になったときに、寂しさから来た自分の慟哭を要約したんだ。また同じようにならないとは限らないって。人の子供を教育するより、まず自分の子供だろう?って。説得力あったのか母は、学窓からもキャロルの早期教育からも撤退。何が人生開花に最も大事なのか母は悟ったんだ。答えは優しさだよ・・・。