ルビー・ウーマン《復讐の館編》〔79〕今年のトリを、この復讐の館編が収めるとは思いませんでした。この復讐という2文字、当初は相当迷いマイナー語なのでは?と、もっと違う2文字にするのも考え候補も絞るけど、この復讐っていう熟語・・・。ここをはずさず対峙することも必然だし、未必なのでは?と。あらゆる闘争に憎しみや執念、妬み、そねみ、怨念は介在しています。本当の火種に最も近いこの言葉を上手に運用しながら、人々を導くことも可能なのでは?と。音楽でもマイナーな曲とそう称します。どこからこのマイナーが来ているかというと、ラで終わるから。すると、言葉が楽しいなら、ラで終わっても明るい曲で、マイナーを感じさせないのか?というとこれもアリです。哀しさの上に、哀しさがあるなどと思い込んではいけない。哀しさの上に来るのは強靭さであり、その上に覇気を含む優しさがくる。言葉と音楽の密接度合いを知れば知るほど有意義な客観点にいざなわれる。もしもこころがしぼんでいても音楽とそれに付随する言葉によって、知らず知らずに牽引されるし、マイナーで沈んだ音調も言葉の磁力によって、運命線を深く刻むことがある。最初に言葉ありきで、思ったことがすべて現実になるというのは、その通りで、嫌いだ嫌いだと思い込んだら、中々その嫌いな人から這い上がれない。好感度を駆使しながら、人々を上昇気流に乗せる快感音楽と、もう片方では、マイナーであってもラで終わっていても、それが真実を網羅していて、すかさずこころを掴んでしまう。大衆音感の絶大なる2部位で、ここを掴むためには?風鈴のようにこころに響かせる手法ですよね。そして後者はショックを教唆しながらのメロデファレンス〔これまで聞いたことのない音楽だと意識させる〕です。