サファイア・マン《面白い男編》〔12〕キャロルが家を建てて、故郷矢上町に住み始めたのが、41歳のとき。この西暦1998年のことは忘れもしません。そうです!連日新聞投稿のちょうど八年目。それこそ、ファクス機や、パソコンのデスクトップ、印刷機も揃え万全の体制。連日シカトはメディアから受けていましたが、もっと、気になるのは弟のことでした。ちょうど、その頃、弟は痔になって、ほぼ毎日苦しんでいた時期・・・。それでも表面上は明るくて、その気配すら感じとれなかった。彼はまだ36歳の頃ですよね。話を聴いてやっと状況がわかってきたのはあの痔の話があってからね。当時弟は職には就いていません。アルバイトを数々こなしたのは、あくまでも20代。30代になって彼は厭世主義者の標榜を背負うようになる。同級生たちがどんどん結婚していったということもあるし、父親から毎日1000円もらい何とか、自分の日常を消化していたのですが、姉の故郷移住に相当の期待を寄せていたのはみんなもわかるでしょう?なぜならたった二人しかいない姉弟だからです。でも当時のキャロル、スパルタ主義でした。そういう記録を邁進している最中っていうことと、どうしても切り開かなければならない時代と時代のクレバスがあると勝手に思い込んでいたのです。弟は自転車野郎で、毎日、長崎市の中心まで日見トンネルを通過していたそうで、その回数は千回以上だったというから恐れ入る。だけど、毎日、うちの息子を連れ出して、自転車で走らせる。危険だし、とうとう堪忍袋の緒がある日切れたのです。