ルビー・ウーマン《ジーニアース編》〔58〕和田家の玄関は何段か石段をぐるっと登った間口。それでも威風堂々とした何かを察知し、八月の終わり頃、キャロルはまだ、生後二ヶ月に満たない頃であったものの、矢上神社から吹いてくる、雄雄しい風に、こうごうしいものを感じてしまっていたのです。この自然が放つスローな感触こそが自分の欲していたもの。タヤなる人物は、まるで、神の子を看るようにそれはそれは大切にキャロルを扱い、どういう訳か、キャロルを置いて、両親ふたりは帰っていくのです。いや、母がプイと退室し、父が後を追い駆けて行ったと言った方が真実。普通の子供なら泣く場面でしょうが、キャロルは不思議な感応のゆりかごに乗せられたまま、安心という感触に包まれていたのです。人生とは実はこういうスキムだったんだな、では?自分がこれまで置かれたアパートこそが戦場であったのか?それにしてもグッドタイミングではあった。母は数日キャロルを、ここに頼んで帰ったものと思われたから・・・。初日余程熱かったのでしょうか、玄関で行水を体験、これは・・・キリストのバプテスマにあたるもの?後年になって気が付いたことなのですが、水と宗教は欠かせない位置関係です。そこにあったのは、かまびすしい人間たちの奇声だったし、キャロルは湯水の中の小さなお姫様になってしまうんですね?一回目は無事終わります。問題は夜になって起こったのです。とんでもない様相を呈してきたのが真夜中だったのです。母の悪口が数多く飛び交い、ずっとキャロルをこの家で預かることの周到な計画が練られていたのです。当時は家庭内に電話すらありません。キャロルは母の悪口を聞きながら、肝心要〔かんじんかなめ〕のタヤの発言に耳を澄ませたのです。