イエローダイヤ・マンy627 僕自体が余りに尋常なゆえに偏見の塊に化していたことにのけぞる。余りに尋常というのは、それを解体すれば落とし所がない人間ということで、それ位、普段の僕は鎧を纏っていた。その装備をすかさず解いてくれたのも恋であり、音楽だったと回想する。だから、恋には時価がある。それを分かっていながら中々おいそれと恋を常駐させることにならないのもまだ、心が解放に向かってないからだと推測する。もっと自然な語りを身に付けないといけないし、もっとフランクに人の波の中にみずから泳いで行こうというシャカリキが求められている。しかし事前になぜ、怖気ずいてしまうかというと自分には運命が伴っていない?という予兆がそうさせる。例えば一日中、もしもレイクタウンを歩き回ったとしても、誰とも喋らず、只多くのカップルだけを見て終わるという起結がわかってしまうから余計な行動に出ない。どんな素晴らしい女性がひとりでそこをウィンドーショッピングしていたとしても、それは神の情報で、僕には入って来ない。いじましい程に、除外された自分のランクを思ってげんなりしてしまう。友達はそこが違う。今日恋人と別れても、一週間後には誰かとランチしている。この誤差は何だろう。この速さは何だろう?僕は恋にまだ消極的な自分を認めざるをえない。