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イエローダイヤ・マン《標榜編》〔144〕俺もそろそろ自分領域に入っていかねばならず、本分は?との声掛けがおのずとけたたましくもなってくる。大事なのは経済なのだ。この国の経済は若者に照準を当ててはいなくて、いつ年金が明解に貰えるのか?それさえ見えない。政治を見ていればわかる。ツケを後世に回してのらりくらり。いつまでたっても本筋さえ見えては来ない。自堕落なのは、自分達がきちんと答えを出せないからで、もしもこういった問題をもすんなり野党がやってくれるのなら俺たち世代も納得がいく。政治の外郭とはそういうものだと思うし内奥にあってしかるべきは思想だ。俺たちはひとまず思想を置いて語らなければならすそれが年金問題で、それこそ六十のお金の遣い方と八十代のお金の遣い方を見ていると内容が全く異なっていることに気が付く。最もお金が要るのが、実は六十代なのだ。それなのに法整備が出来てはおらず、誰も言わない。八十代になって、バカバカお金を使おうなど中々いない。そしてなぜ六十代がお金が要るか?というとまだ、活動範囲があって、なおかつ冒険も出来るという年代だから・・・。もしも年代別でいうなら七十、八十となっていくうちにもお金の必要性は徐々に少なくなっていく。それを吟味しながら六十歳からきちんと年金を貰えるシステムを俺が計画進行させる積もりでいる。六十五でも遅いと思う位だ。