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イエローダイヤ・マン《標榜編》〔126〕俺たちの生まれた1985年から1988年までは最後の昭和とも呼ばれ、この辺に生まれた者たちは平成生まれを羨ましがる。が、しかし俺は逆に姉の生まれた1983年を愛する。この辺に生まれた者達に恥の文化は闊達でむしろ俺たちよりも体裁を気にする。姉も年収がいい男性を見つけたい!っていってたのも反故にして、最近はいい人紹介してくれない?っていってくるシマツだ。自分で探す自信がないのだという。旅行や贅沢なバイキング、満を持して理想の人と巡り会えたとしても束の間のショッピングの方がどれ程楽しいのか?ワクワクするのか?そこを思うと怖くなるというのだ。俺は姉とよくトランプをした。戦争だ。お互いのカードを出し合い、7なら2に勝ちカードを貰う。同じ数字だと、次を一枚伏せて次を出し合う。またそこで同じ数字なら一枚伏せて次のカードで勝負する。あるとき姉がその戦争という遊びにババを二枚何も言わずに入れてきた。1よりそれが強いのだ!と姉がいったとき俺は慄く。俺は二歳下だったが姉のやり方が気に食わなかった。ババは最初から外すのがルールだったからだ。しかし今思うのだ。あの時、突発的に姉がそれを強行したのも俺の今にどういう訳か関係していること・・・俺の立場と符合するのだ。