イエローダイヤ・マン《標榜編》〔67〕俺が忘れられないのはこの十日間でワイドナでの突出した才能が出てきたときにジェラシーを感じるか?との発案や討議で、その材料となったのが大谷投手で、打者としての大谷投手が投手としての大谷自分自身と対峙するかのように俺も刺激を受けた。ニッポン人の悪い一面で、そういう強力ライバルが出てきたときは仲間にしてしまえばいいものをニッポン古来の悪しき習性が顔を出してとんでもないことをやってしまう・・・。つまりシカトだ。俺も自分にそういう一面がなきにしもあらずで、シカトしたけどお互いがわかりあったあの高校二年時を思い出さずにはいられない。田舎の中学から来ていたはずの彼が中々人気があって普段は涼しい顔をしてサボりまくっていたのにいい点数を獲ったり、グループ発表などで目立つ発言をしたりで、俺はシカトしまくっていた。家は公務員だったが、俺にはカチンとくる出来事があった。その前だが俺の消しゴムに鉛筆を立てて来て面白がっていて、芯が刺さったままなのに謝罪しない。それからだった。シカトが安直に出来ることがわかって何週間もシカトしていたのにある日不意を突かれる、俺の家の前の川に下りてあの時みたいに話そうよ!と言ってくる。なんか一気にカーテンが開かれた気持ち?鉄のカーテンを下ろしていたのが自分だったことがわかった瞬間だった。