知っているのに知らない振りするとき、ナガサキではしらばっくれるって使うけど、よく考えると標準語ではないし、今の長崎人は果たして使用か?っていうとそれほど聞かない。っていうことは巷や家族間だけで話していたのかな?っていう懐疑。しらばっくれるっていうときには自分は知っているけど知らないっていうその人を形容したり、そういう自分をしらっばくれていた・・・って言うけど、シゲルちゃんも滅多に使用ない。一年に一回も使用しないっていうとこれは死語に近いのかな?って当たりを付ける。しかし松本清張的にいえば、この代替語がはっきり決まらない限り、しらばっくれるを消去が出来ないというもの事実。シラを切るとはちょっとニュアンスが違う。途方にくれているし、シラを切るのが長くなっている例なんだね。英語になったニッポン語で取り上げよう~そして代替語の選定を急ごう~スペルはSHRABAKKRELだ。