ルビー・ウーマン《ジーニアース編》〔122〕母にとっての結婚生活は自分が想像したりユメみたようなものではなく本当に情けないものだった。だとすれば何がこころの高揚やリズム感を保ったかと言うとテレビだったのです。母はほぼ一日の半分をテレビを観て過ごし、特にキャロルが中学校時代にカラーになったんですがそれからはもっと観ていました。そんなにテレビを?とみんなが驚くくだりで、専業主婦のお決まり文句、後発ですが亭主元気で留守がいいを目一杯味わった組でした。キャロルは自分が家庭を持ったら友達が毎日でもうちに遊びに来るようなマイホーム願望をそのまま達成しました。それはそもそもうちに子供達を親友と呼べるワルガキを呼べなかったからです。まだ六歳のキャロルは苦心してすべり台を家の中に作ります。母が留守のときはこのすべり台で友人たちを驚かせたいな?ってせっせと努力しました。お膳をナナメに立て掛けるのです。そこは土台を頑丈にしないとすべり台でも危ない。キャロルにとって、この紅いお膳のすべり台の設置はお友達を呼びたいがゆえ・・・人生こういう創作から始まったキャロルは珍しい志向の持ち主だったかもしれないし、母が買い物に行った留守、遊びに来たワルガキ達は滑った後声をあげて感動しました。土台に何を持ってくれば?これ思想の根幹でもあるんです。