ルビー・ウーマン《ジーニアース編》〔107〕母親のような慈愛を父が持っていたことが、そして本当は男だった母に育てられたキャロルは自分のような一例が珍しくもなんともなくて、実は世間ではよくある話なことに後年気がつくのです。それはやぶしでした。自分よりも母性本能が強い・・・キャロルが天下獲りのことばかりを画策するのに奴は常に子供の幸せばかりを探求するという側面。仕事人間でカタブツではありましたが、その瞳の奥にあったのはどういう子育てをすれば磐石な人生を送ることが出来るのか?という一点で、そこは父とは違っていて、父はいつも一攫千金をどこかで狙っている、面白い一面を包括していました。例えば、それは宝くじ購入にも表れていてそれを買うんですね、そんなに多くは買いませんが、その当選番号が決まる直前までユメを見ていられる、そういった上昇的気運でしょうが、やぶしもここだけは同じ性癖があるゆえ、くじを購入する人々には共通する何か、それはメッケモンのように頻繁には起こらないものの誰にも所有権があるという凡人特有の静かなバイオレンスかなって。父のバスカードをキャロルは形見にしていつも持ち歩いていたのですが、先月お金が足りずバスで残高を確認、百八十円が残っていました。