サファイア・マン《面白い男編》〔31〕自分の長い間の夢がかなうとすればそういった快挙の裏にあるのは、認められなかった時代の永い陰鬱や暗鬱でしょう。物事順番や順路があるようで、やはりこんなに認められるのが遅かったのも海軍大佐の孫ということが起因しているのかなと。戦後の混乱や苦しみの中から立ち上がってきたニッポン人のこころの奥底に触れてみるのもいいでしょう。時代のあまねく人材の輝く中でも、特に、軍人の末裔だけは容赦しないといった風潮もあっただろうと・・・。それは当然至極で、キャロルはシゲコに言われたことがあったのです。軍人なんて大嫌いだ!ニッポンを悪い道へ導いた人達じゃないか?って。弟の英雄史観とは別の庶民の偽らざる自立心と見聞録にキャロルは茫然としますが、弟のように、英雄史観のみで脇田大佐を分類することは出なかった。それはまるで、バミューダの三角地帯から発せられた韻律だったことは禁じえず、母がみずから父親である脇田大佐を封印したのです。帰ってきてはいけない人なんだ・・・と。母親ミチコの慟哭こそが脇田大佐の慟哭そのものだったこと、その時期、彼女が十六歳だったことを推考すれば誇りというものが一夜にして、ぼろぎれになった母のショックは二度とは経験出来ないものだったでしょう。それなのに伯母はなぜおかしなことを言ったのでしょう。誇りや伝統を母が捨ててしまった・・・と。女性という生き物がキャロルには理解不能になるんですね、少なくともキャロルは母の取ったスタンスを堅持していきます。