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イエローダイヤ・マン《標榜編》〔133〕俺が持っている文筆能力は高くはなく専門性もない。それがどういうわけか、みんなが安心する要素をかもし出していて俺が知らないようにみんなも知らないことだらけなのがすこぶる発展的なのかもしれず、俺の内奥は干からびた河童の頭上のように乏しいのヒトコトだ。しかし俺には固定的概念があって、そこが類友意識を呼び起こすのだろうか、ドミノ倒しならぬドミノ起こしになっている。これからのニッポンわ~などと口が裂けても言えない自分をひょうひょうと傍観する。ニッポンの選択と今後のすべてを握るのは政治家や有識者たちで、俺達はそこまで関与することはなさそうでそこに落ち着く。無関心とは全然違う。俺達は選択し、烏合の衆を標榜したし、無気力でもなんでもないがひとまず政治の決着を大人煩悩にも委託したのだ。どういう流れにあっても本流は変わらない。存在感を極めて今日ある者こそがテリトリーを分かつし、これから急ぎ合流する者だって同位だろう。政治の威信を架けて奔走しているようで実は空しいばかり・・・。昭恵夫人が私人か公人かを極める真摯な気持ちすらこの国にはなかった。つ・ま・りもっと大事なことがすかさず浮上している。専業主婦は家人なのか?それとも私人なのか?こっちの方がもっと有益な論点として浮上してきた。

これはサイト製作時にも生かせるぞ!!と昨日シゲルちゃんとの喧嘩で孫と二人になって静かに鑑みたことが効を奏じる。孫は闊達で最近横から頭突きをしてくる。自分の横の頭を使い責めてくるのだが、喧嘩してもシゲルちゃんの意識はやはり正常路線だったことに気が付く。なんと外車が入ってくる。自分が入れた場所は普通車の場所だった?慌ててしまうがもう遅い。課金が始まっているのだ。そのクルマは暫く待って十分くらいしてようやく入庫するがシゲルちゃんが言ってたことは当たってしまう。この駐車場は普通車と軽はそもそも料金が違うのでは?との予測だがそれは間違っていた。しかし軽ならやはり最初見ないといけなかった。軽と表示あるレーンに入れないとこうして普通車は来るしその時スッタモンダするのだ。喧嘩したことがツキを呼ぶ。彼にきついことを言いながら結構正常路線が大事なことに気が付くし、最初からバックで突入しなければならない場所がここには二箇所ほどある。厳密にいえば入り口の頭から入れる軽専用入れると三箇所。出来るならここもバックでが無難だろう。最も難儀は最奥だ。そこまで行って初めてバックで入場して来ないと入庫が無理なことに気が付く。それこそバーチャルなのだ。夜間最大三百円は長崎でも中々ない。

自分の投稿順番がここにシフトしたことを確認する脇田大佐だ。そして長崎に着いたら必ずここに立ち寄るべき・・・と唐人屋敷跡を薦める。そういう自分になれたのもここは中国とニッポンを決定的にし友好を現すラッキープレイスな場所。しかもミチ子の亭主は長らく大浦中学校に勤め華僑の子供達との交流も深かった。どんな問題が起こってもあの調子で明るく接してきたミチ子の亭主が脇田大佐にはほろ苦い。ミチ子を幸せにしてくれてありがとう!!今だからいえる。ミチ子の幸せは、娘である容子の大成を見てこの世を去ることではなかったことが証明されたからだ。可能な限り、脇田大佐はこの恩に報いたいとそう思う。福建省や華僑、そして湊公園。ここに来れば長崎のホントに巡り会える。平和のヘの字も要らないくらいに・・・。出航の 碇を震わす その音色〔西嶌姫瑠は恐らく、チャタレイ夫人の恋人をも抑えることだろう、よんどころない怒りを架ける、そのに園も架かる〕

なんで四十五年も厚生年金を支払ってきた俺が三年二ヶ月しか支払ってないあいつに怒られないといけないのかわからない。喧嘩の原因が十善会病院の前でユータウンするときだ。俺は前日とは違う場所を言った。正面玄関の坂入り口では危険だと踏んだからだ。しかしあいつは切れまくる。俺が指定した場所は救急車が止まる場所でそれにあいつがキレた。乗せてもらっているブンザイでブツクサ言うな!!とまあこう来る。本当にアラカンは恐ろしい。触らぬ神に祟りなしを俺は誓った。その前に止めたときには周辺を回って丸天をプレゼントしたが昨日はあいつをシカトして車へ近寄らなかった。すると帰り際イヤらしいことを言い出すのだ。二百円の丸天買っちゃうくらいなら散歩しないでいる方が節約主義にかなってるわよね~って。はっはっは!!の次女と組んで俺を虐めまくる。俺は隔日ダイレックスで大赤字に陥っているのにこのアリサマこの扱いだ。四十五年、厚生年金を支払っていても先は危ういということで胆に銘じてくれ。デルスカイしておこう。娑婆のアラカン要注意警報だ。

ルビー・ウーマン《ロイヤル・ボックス編》〔182〕本屋でもすぐにみんなと打ち解けてその中でも家まで遊びにいった彼女が一番気の合う仲間でした。彼女は普通のお嬢様でしかもご両親も質素でした。家の中で本屋についてを語ったり、少し先輩の彼女がいろいろなアドバイスを送ってきます。一年を家出やアルバイトで過ごしたキャロルにはない正常路線を見てキャロルは羨ましくなるのです。親孝行の彼女こそ家族孝行だとそう思うのです。きちんとした家は常に長女が優れていて彼女はそれを見て過ごした。模範通りにいかないとすぐさま修正はみずから入るし、そこが今で言う家族主義の根本にあるのかな・・・ってふと思い心配にもなる。自分が短歌をしたためたり音楽愛好家なことは言いません。自分で伏せたのはやはり自称になってはいけないな!っていう思いがあったからで、自称作家や作曲家は欄外だ!との気持ちは健全にもあって、夢を語るときでも躊躇しながらまさお君の支えになれればいいな!ぐらいでした。クミちゃんはフシギな面持ちでなぜ成人式がハネムーンなの?をしつこく訊いてくる。いやそこはきちんと説明しなければ・・・と本音を語ります。泣く泣く両親が許してくれたこと。クミちゃんにとってこの選択はどう映ったのでしょう。彼女は天真爛漫でした。

イエロー・ダイヤマン《標榜編》〔132〕野党にとっての大チャンスでここでしっかり質問しながら阿倍総理以下自民党を揺さぶるには質問の内容が肝心だ・・・と解説者たちはこぞっていうが事態は最悪でこれ以上の暴挙はない。参考人招致も撥ね退けていたのに、証人喚問に決着するというのがフシギでならないし、何かあると思ってしまう。こう言うとき中国ならびくともしない。なんでも言うなりになってたら国家そのものの資質を問われるからだ。習主席の腹は人民と共にないし、人民と共にあったらすべての秩序が崩壊するハメに陥ってしまう。その点、ニッポンの民主主義の脆弱さや多感さを思わずにいられない。ここは福島瑞穂氏に任せるに越したことはない。なぜなら園名にあるのだ。瑞穂の国・・・と。俺は符合というものに最近心奪われてしまっている。しかしそれでいいと穏便にも思う。こんな国に生まれて一回遭遇するかしないかの忖度の海だ・・・そこに溺れようとしたやんちゃな壮年が溺れまいと家族を救わんと藁を掴んだのだ。きっと完氏はのびやかに執筆するだろうし悪い意味での藁ではない。これが草鞋になると籠池氏は踏んだのだ。これまでの籠池氏の経緯を見ていくと彼ほどの政治利用ツール人間はいない。しかしやり方は素人。そして脇が甘い人間をいかに料理するのか?そこを見逃さない。きっと中国の習氏はしかと観劇している。彼は三菱を見学したこともあったのだ。

十七日のいいないいな外交がここにシフト。四月四日開港へ向けての投稿順番テストが肝心。みんなも十七日で、これから進むべきニッポンのポジションやビジョンそのものが立ち上がってくるし、昨日またあの病院でステンドグラスの窓を見ながら目の前に見える生命保険会社や屋上で憩う人々を眺めつつ、その右側に見えるのが稲佐山なことに気が付く・・・福山雅治さんだ!!彼ほど世界中にニッポン美男子を標榜出来る人物はいなくて、しかもスポーツ感覚や野性味にも優れ、改めて福山神話に心ときめく。彼の顔は果たしてお醤油顔?それともおソース顔?シュガー顔や塩顔ではないからだ。お醤油顔の世界戦略としてキャロルの中で決着。稲佐山はキャロが免許を取って初めて母親やエイミーをレストランへ連れていった場所で彼女は恐らく横で息バクバクだった。まだ免許取立て、初心者ドライバーの横に座るってのは心臓にかなり悪い。彼女はお嬢様であれから免許取ったのかな?そこはわからない。十七日のいいないいな外交は世界に君臨出来るお醤油顔でマントリーしておこう~〔エントリーしたのは長崎が生んだシンガーソングライターだから♪〕